【トピック】ポケモンカード私営イベントの歴史(第1弾~XY) 

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「ポケモンカード イベントオーガナイザー」資格設立記念。
私営イベントの歴史をまとめました。

ポケモンカードは対戦相手が必要なゲームで、沢山の対戦相手がいるとより楽しめるゲームです。
新たな対戦相手に出会う機会として、日々様々なイベントが企画されています。
今回はその中の一形態、私営イベントにスポットを当ててみようと思います。

まず、イベンターとしての自己紹介から。
僕なにものかはポケモンカードというゲームに知的スポーツとして取り組んでいますが、一方でコミュニケーションツールとしての側面にも深く興味を持っています。
初めての私営イベントは14歳のとき、自宅へ友人一同を集めてのポケモンカード大会でした。
それをきっかけに、その後も大小様々な私営イベントに関わりながら現在もイベントをやったりやらなかったりしています。
どちらかと言えばしばらくまともにやっていないです。
すみません。
そんな僕が見てきた、ポケモンカードの私営イベントの歴史を綴っていきます。
・第1期「国内TCG黎明期」(1996~)
ポケモンカードの歴史を語る前に、トレーディングカードゲームの歴史から。
トレーディングカードゲームの始祖となったのは1993年の「Magic the gathering(通称:MTG)」。
そのゲームシステムは、当然のことながら、ポケモンカードを含む他のトレーディングカードゲームに大きく影響を与えていると言われています。
こちらは日本語版が1996年に発売されました。
そして「ポケットモンスターカードゲーム」は、ゲームボーイ「ポケットモンスター赤・緑」と時を同じくして開発され、国産初のトレーディングカードゲームとして同じく1996年に発売されました。
この年が実質的に日本のTCG文化元年と言ってよいかと思います。

この時代のTCGはまだ社会的認知度も低く、遊ぶための環境も今から比べると全く整っていませんでした。
その代わり、ミニ四駆などの競技性のあるホビーは既にいくつか存在しており、そのノウハウを応用してポケモンカードのイベントを行うおもちゃ屋さんはしばしばあったようです。
ちなみに、初の公式イベントはポケモンカードが発売された1996年のワールドホビーフェアでした。
翌年1997には初の公式トーナメントが開催されています。

一方の私営イベントに関して言うと、この黎明期では後世に語り継がれるようなものは存在していないと言っていいと思います。
初期のポケモンカードは専ら小中学生を中心に的を絞った販売戦略が取られており、高校生以上は公式イベントへの参加権がありませんでした。
そのため、私営イベントを企画・運営できるような資産や能力を持つ高校生以上のユーザーが育たなかったことも、この時期に私営イベント文化が育たなかった理由の一つだと思います。

もう一つ、併せて語らなければならないのがインターネットの歴史です。
1995年にWindows95が発売され、一般家庭にインターネットが到達し始めたのが丁度この頃でした。
とは言え、ポケモンカード発売当時のインターネットはまだ発展途上であり、特にポケモンカードの対象年齢となっているような人々の誰もが気軽に触れられるようなものではなかったわけです。
即ち、とりわけポケモンカードについては幅広く人を募ってイベントを開催するというのが難しかったのです。

このような背景に基づき、この時代のイベントは「地域の小売店でのイベント」もしくは「都市部の大きな会場でのイベント」の2つが軸となっていました。
当時ポケモンは空前のブームを巻き起こしていたため、生活圏内の友人知人で集まって遊ぶハードルは低かったのかもしれませんが、そこから先のハードルは高かったです。
誰しもがだだっ広い公園に解き放たれたコーギーのように、何やったらいいかわわかんないけどとりあえず楽しい状態だったのです。

・第2期「交流発展期」(2000~)
1996年が日本TCG元年とすれば、2000年はポケカ私営イベント元年と言っていいかもしれません。
1999年に遊戯王OCGが発売されて国内TCG文化が一層発展。
2000年にADSLが一般家庭へ普及しインターネット環境が浸透。
ポケカに絞って言うと、1997年に創刊された「ポケモンカードファンクラブ」に引き続いて1999年に「ポケモンカードトレーナーズ」という定期専門誌が創刊。
ここでユーザーの組織的な活動が「プレイヤーズジム」という呼称で公式サイドから認定を受けられるようになり、俗に「ネットジム」と呼ばれるオンラインコミュニティが次々と誕生し、地域毎にオフ会色の濃いイベントが開かれるようになりました。

その中で私営イベントの先駆けとなったのが、2000年東京、メルロンジムのケンタさんの「メルロンジム」。
2000年刊行の「ポケモンカードトレーナーズ vol.8」にその活動が報告されています。
「対戦相手がなかなか見つからないというファンが集まって作ったジム」とのことで、ホームページを運営して情報を発信したり、会議室を借りてイベントを企画したりしてなかなか本格的な活動がされれていたようです。
また、おもちゃ屋「一心堂」の店舗大会を発展させる形で、2001年に東京で極悪王さんの「PKO」も発足しました。
当時としてはかなりハイレベルな戦いが繰り広げられていたようで、参加者の規模は100人を超えていたそうです。

ちなみにこの時、僕は岡山県津山市という小さな町で「ポケモンキャラバンジム」というイベントをひっそりと運営。
高校生ながら、市役所の会議室を借りて小学校にポスターを貼らせてもらえるよう頼みに行き、20人程度の参加者を集めたりしていました。
このように、初期の私営イベントは対戦相手に飢えたユーザーのハングリー精神によって自給自足的に興ったのでした。

・第3期「競技全盛期」(2002年~)
「ネットジム」は全国的な広がりと熱狂的な盛り上がりを見せました。
特に愛知のICHIROさんの「愛知ポケカネットジム(通称アイポケ)」、大阪のコースケさんの「関西ポケカネットジム(通称カンポケ)」、広島のShigeoさんの「ヒロシマシティジム(通称ヒロジム)」、同じくぼるさんの「チームノコッチ(通称チムノコ)」辺りは特に強い繋がりを持ち、幾度となく私営イベントを開催して相互に人を送り込んでいました。
常連から数多くの公式トーナメント上位入賞者を輩出し、公式トーナメントに勝るとも劣らないハイレベルな戦い。
公式トーナメントと日程が重複しているにも拘わらず開催を強行し、参加者も多数が公式トーナメントを蹴って私営トーナメント参加を選択するほどだったという逸話は驚くばかりです。
こういった動きは、首都圏に比べるとユーザー同士が集まりにくい地方都市で盛んだった印象です。
札幌の「Sapppro Institute of Pokemoncard(通称:SIP)」、富山の「フォルテジム」、岐阜の「Tajimi Pokemoncard Crub(通称:TPC)」、香川の「ポケ香川」、九州の「あるてぃめっとジム」主催の「ホウエンリーグ」等のイベントもこの時期だったと記憶しています。
個人レベルで、僕が記憶している範囲では、滋賀で「プラマイ0杯」、兵庫で「ルカリオ杯」等も開催されていました。

ユーザー数の多い関東では、CHANGさんの「さぁ、貴方も一緒に錯乱ジム」、飛水翔也さんの「イトマルネットジム」、たけあゆさんの「こだわりジム」等の組織が立ちあがりました。
この3つの組織は合流して「さイこ☆クラッシャーズ」となり、「さイこ☆ロード」等数々のイベントの後、2005年CHANGさん主催「P:CON」の開催に至ります。
ビデオゲームのポケモンも含めて約100名を動員する大型のイベントとなり、こちらは関東のユーザーコミュニティの力強さを示すものでした。

同じ頃に発足した静岡のカゲロウナイトさんの「マウントフジジム」も、徐々に勢力を拡大し、珍しく単一の組織として各地に支部を持つネットジムとしの活動を開始します。
2003年には全国的に連絡を取り合って、東京・神戸・岡山の3会場で「夏聖」というイベントを開催しました。
ちなみに当時僕なにものかは中四国支部に所属、岡山大会に参加していました。
また、マウントフジジムからスピンアウトした「チームココア」も僕なにものかの主催で2006年に私営イベント「ココアカップ」を開催。
当時の関西では珍しく全国から50名の参加者を集め、こちらもオンラインコミュニティの活動の集大成的イベントになりました。

変わったところでは、大阪のソラさんの「旧裏オフ」などもこの辺りの時期に初開催されています。

この時代のイベントは、「プレイヤーズジム」制度やインターネット文化の発展に相まって、地域に軸足を置いて他地域に交流を広げていくような性質のものが多かったです。
やがて、それら私営イベントの中心人物であった、ポケモンカード発売当時対象年齢ドンピシャだった世代が次々と社会人に。
ドラゴンボールZが載っていた時代の少年ジャンプのような盛り上がりを見せた私営イベントのムーブメントは、ドラゴンボールGTくらいの感じへ一旦収束することとなります。

・第3期「世代交代期」(2007年~)
比較的若いユーザー層の活動が沈静化する中、2007年東京で親子で活動していた大谷龍さんの「ガルーラジム(通称:ガルジム)」が発足します。
これまでにも親子で取り組んでいるプレイヤーは多数存在しましたが、親子という関係性にスポットを当て親子プレイヤーだけで構成された組織というのは僕が知る限りここが最初です。
ガルジム主催の「ガルーラ杯」は関東一(日本一とほぼ同義)レベルの高い大会と言われ、国内トーナメントのみならずWCSにも多数の入賞者を輩出し、特にジュニア世代の底上げに大きく貢献しました。
東京では同時期ににーださんの「スナバジム」も発足し、後の「みらチャン杯」に続く「スナバトルロード」が開催されました。
親子プレイヤーにスポットライトを当てた活動は大阪の「NHPジム」、札幌の「ヒメグマジム」等、全国的に徐々に広がっていくこととなります。

一方の若いユーザー層でも小規模なイベント活動は続けられていました。
カンポケ・アイポケの流れを汲むユーザー達による、関西・中部の「ホスト杯&レジェンド杯」。
チームココア残党である僕なにものかが関東に移住して開いた「ニモノ杯」。
横浜のドータ君さん主催の「港南ジム」もこの時期で、東京支部、埼玉支部、千葉支部と関東一円に勢力を拡大していました。
同じく横浜では鳥使いLANGEさんの「ばとるろ~ど横浜」等も年1回のペースで開催されるように。

この時期では私営イベントの中心は関東に移行していました。
2009年に「ガルーラジム」「ニモノ杯」「カイトくんちのほーむぺーじ」「港南ジム」「スナバジム」の5つの団体の頭文字を取り、連名で「GNKKSカップ」が開催されました。
参加者が70名にも上ったのは界隈としてはかなり久々のことでした。

この時代では国内TCG市場はほぼ成熟期に入ったと言え、店舗大会等も増加していました。
対戦環境が満たされつつあったポケモンカード界隈で、全体的に私営イベントは縮小傾向にありました。
初代ポケカ世代だった人々が社会人となって次々とポケカから離れていき、数々のイベントがそのまま引き継がれることなく消えていく一方で、大谷龍さんやにーださん等初代MTG世代だった人たちが親となってポケカに参入してくる、という一つの代替わりの時代であったように思います。
構図としては家庭で子供が忙しくなった頃にペットの世話係が親に回ってくるのと似てるかもしれません。

・第4期「大規模イベント勃発期」(2009年~)
親子プレイヤー界隈が盛り上がりを見せる中、2009年に三重のりっくぱぱさんが名古屋で「金ギャラドス杯(通称:GGC)」を発足させます。
僕も参加したことがありますが、このイベントの特徴は、参加者の受付やスコアシート集計等の事務作業をExcelで行う等、親世代ならではのビジネススキルの応用による組織運営のシステム化と標準化だと思っています。
これによって、100人規模のマンモスイベントをコンスタントに開催できる体制が確立されました。
地元名古屋のみならず各地から参加者が訪れて影響を受け、あるいはそのスキームを応用し、地域色の強い私営イベントが次々と発足しました。
北海道の「うきにん杯」、仙台の「七夜の願い星杯(通称:ナナホシ杯)」、東京の「おーす!みらいのチャンピオン!杯(通称:みらチャン杯)」、静岡の「SPジム」、滋賀の「琵琶湖ポケカジム大会(通称:BPG)」、京都の「ブラックサンダー杯」、大阪の「関西ネクストジェネレーションズカップ」、兵庫の「六甲ポケカジム」、愛媛の「フワンテ杯」、熊本の「テラバルジム」、大分の「大分ポケモンカード同好会」等。
その他、横浜の「港南ジム大会」は恐らく私営イベント史上初となる100回を数えるようになりました。

個人単位の活動では、東京で「立川脳」「チムロリ杯」「とーしん杯」「ウジャ道場」、埼玉で「きる☆みぃ杯」など継続的に開かれるものをいくつか把握しています。
WCS会場で行われていた「チムアチャ杯」も国内へ逆輸入されて年1回のペースで開催されています。
また、各地の大学にも「ポケモンサークル(通称:ポケサー)」が設立され、学園祭などでオープンなトーナメントを開催する動きも出てきました。

この時期にきて、都市部の私営イベントは大規模化・均質化の傾向を見せ、私営イベント文化が再び地方にも波及してきました。
プレイヤー全体のレベルも向上し、大規模私営イベント常連の子供たちがWCSのジュニア部門で表彰台を独占したのも記憶に新しいです。
一方、大規模な私営イベントは参加希望者が定員からあぶれるようになったり、小規模な私営イベントが大規模な私営イベントや店舗大会に食われがちだったりと、私営イベントがイオン(旧ジャスコ)化しているような気がしないでもないです。
とは言え、遊ぶ環境が飽和状態に近づくほど充実しているのはうれしい事実。
単純にポケモンカードめっちゃ楽しいと言えるでしょう。

・第5期(?)
ポケモンカードの私営イベント文化は、数多くのイベンターと、さらに数多くのプレイヤーによって築き上げられてきたものです。
そしてまた、現在進行形で築き上げられているサグラダファミリアとか横浜駅的なものでもあります。

ここからは今後の展望の話。
この度2015年に「ポケモンカード イベントオーガナイザー」という公式認定資格が設けられ、資格試験が催されました。
公式サイドとユーザーサイドが双方向的にポケモンカードを盛り上げていくための目新しい試みです。
次にどのようなムーブメントがやってくるのか楽しみにしていますし、あわよくば一役買いたいという気持ちもあります。

とにかく、この先も楽しくポケモンカードを続けていけるよう、みんなで楽しいイベントを作っていきたいものですね。
「みんなで」ですよ。
よろしく頼みます。

ついでに、いつか僕の代わりにこの記事の続きを書いてくれる人が現れるといいな、とも思っています。



以上、長文でした。
僕は地方の底辺家庭出身なので、実際のところこの辺りにあまり詳しいわけではありません。
もっと詳しい人は大体ポケカから離れていってしまっているので、この辺りが限界です。
お爺ちゃんの戦争トークを孫が語っているようなものだと思ってください。
思いつく限りの情報を載せたつもりですが、ここまでお読みいただいて足りなかったり間違ってたりする部分があれば、かわいい孫に教えてあげるくらいの感じでご指摘いただければと思います。
土下座して訂正します。

参考文献
・DOGA Labo
http://freezevil.fc2web.com/

・さいこぶろぐ。
http://blog.livedoor.jp/psycho_b/

・MFGサポーター
http://mfgmj.s25.xrea.com/

・大谷龍ブログ的メモ
http://75302.diarynote.jp/

・金ギャラドス杯
http://goldgyaradoscup.diarynote.jp/

情報提供
・CHANGさん
https://twitter.com/ishigami40

・タクヤさん
https://twitter.com/takuya_psw
[ 2015/05/19 02:59 ] ポケカ | trackback(0) | comment(4)

>見れんさん
ありがとうございます。
訂正いたしました。

m( )m
ドータくん→ドータ君
[ 2015/05/20 02:39 ] [ 編集 ]

当時の記録であるなら
ほとんど誰も使っていなかった私営イベントと表記するより
自主開催イベントとする方が適切と考えます
[ 2015/05/23 22:29 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>準雪さん
ご意見ありがとうございました。
ご指摘の部分ですが、単にユーザーサイドのイベントを広く指し示すことができれば何であっても要求水準は満たせていると考えています。
ユーザー間であまり呼称が定まっているようにも思えないので、読み進めた際のテンポを重視して「私営」という語句を選択しました。

勝手ながらホームページの記録も参考にさせていただきました。
こちらもありがとうございました。
[ 2015/06/03 00:59 ] [ 編集 ]

・第3期「競技全盛期」(2002年~)の項目

細かい事ですが、一応気になったので書きます。
イトマルネットジムの代表者は「飛水翔也」(ひすいしょうや)さんという人です。
[ 2017/08/07 20:03 ] [ 編集 ]

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