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【レポート】公認自主大会(スタッフ)・第1回 BATTLE X ROAD[20170108] 

20170110013142629.jpg
第1回 「BATTLE X ROAD」(バトクロ)にスタッフとして参加してきました。
色んな人の色んな熱い思いが詰まった熱い熱いイベントです。
僕はこのイベントを12年待ちました。
なので色々語ります。
まあ座って。
読んで。
遡ること12年。
2005年に東京で「P:CON」(ピーコン)という一つの画期的な自主大会が開催されました。
当時の自主大会は今よりずっと規模が小さく、多くても数十人で頭打ちだった中、そのイベントは100人を超える参加者を集める大規模なものでした。
しかし、当時滋賀在住で貧乏学生をやっていたにもの青年にとって東京はあまりにも遠く、やむなく参加を諦めた、といったことがありました。

ちなみにこの時お誘いのメールをくれていたのが、当時の主催者であったCHANGさん。
悩んで悩んでお断りのメールを返したとき、返ってきたメールの末尾に次のような一文が。
「そうそう、就職は東京にしなさい。」
この時点でにもの青年、まだ会ったこともないCHANGパイセンをかなりリスペクトしております。
行かなきゃ、と思いました。

そして12年。
東京で就職したにもの青年はにもおっさんに、CHANG青年もいい歳のおっCHANG(おっちゃん)になりました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
川で洗濯ってちょっとやだよね。
上流で立ちションとかしてたらどうすんだろうね。
そんなある日、俺達の目の前にいきなり現れたBATTLE X ROAD。
今度こそ行かなきゃ、と思いました。

プレイヤーとしても参加したいし、スタッフとしても参加したいし、悩みました。
エビワラーとサワムラーのどっちを貰うかくらい悩みました。
しかし、より希少価値のある経験はどちらかと考えて、スタッフとして参加することにしました。

ところでこちらにスタッフリストがあります。
http://battlexroad.com/operation/index.html

ポケカのプレイヤーのオタクである僕にとっては、このスタッフリストは大興奮ものです。
このタイミングでこのイベントをやるならこの人がベスト、という人物が軒並み揃っています。
更に、どこから引っ張ってきたのかわからない大物ゲストやスポンサーまで。
なんていうか、もう、ポケカプレイヤーの幻・伝説ドリームキラコレクション。
1人ずつ勝手に紹介したいくらい。
おっと失礼、取り乱しました。
とにかく、恐れ多くもこの方々と同じリストに名前を入れてもらえたというだけで、僕にとっては総合優勝くらいの価値がありました。
本当にありがとうございました。

そんな訳でジャッジにアサインさせてもらうことになりました。
つい先日、イベントオーガナイザーとしてのジャッジ研修を受けてきたばかり。
その経験を実戦で活かせるかと思うと、思わず鼻の穴が広がってしまいます。

ちなみに、現場系かつ保守運営系のポジションなので特に何が大変ということはありませんでした。
一方で、準備系のスタッフの皆様はお金やら時間やら相当なエネルギーを割いているなというのはビシバシ伝わってきました。
次々と明らかになる情報の一つ一つが、想像を遥かに超えた代物ばかり。

一番驚いたのが当日の朝。
会場自体は知っている場所だったので、というか入社試験で入ったことがある場所だったので、まあこんなもんだろうなといったところでした。
が、開場間際に会場の入り口からちらっと外を覗いてみると、ものすごい数の人が。
あっ、これ、公式大会で見たやつだ。
バトクロは公式大会級のイベントになっちゃったんだ。
ということは、僕も公式大会のスタッフ並みにがんばらないといけないんだ。
わくわくしました。

そこから先のゲーム的なあれこれについては、選手の皆さんの方が楽しいレポートを書いてらっしゃると思うので、そちらにお任せします。
僕はジャッジとして、対戦結果の報告と対戦卓への誘導をもぐら叩きのようにこなし続けました。
見事対戦に勝利して対戦卓に残ることができたプレイヤーの安堵、
惜しくも敗北して対戦卓を去るプレイヤーの落胆、
待機列から対戦卓へ向かうプレイヤーの気合、
悲喜交々様々な様々な表情を目に焼き付けることができました。
いずれも普段自分が一人のプレイヤーとして集中しているときには全く目に入らないものです。
裁定を求めて呼びつけられることもありましたが、研修で習った通りに裁定を下してその場を収めることができ、自信に繋がりました。
やっぱり、やってよかったなあ。

そうやって会場を走り回っているうちに、イベントはいつの間にか終わっていた、というのが正直なところです。
見えないところでは誰かが苦労したり問題が起こったり色々あったとは思います。
しかし、これだけの規模のイベントであれば、そういったことが発生するのはむしろ当然。
とりあえずなんとか閉会まで漕ぎつけたというのがただただ素晴らしいと思います。

そして今回、ポケカのイベントとしては新しい記録がいくつか生まれました。
まず自主大会にスポンサーが付いたのが史上初。
参加者200人超(スタッフを含むと300人超)を達成したのが史上初。
自主大会として地方から参加者を集めて全国大会を行ったのが史上初。
いずれも僕の知る限りですが。
ポケカのイベントオタクとして、その目撃者になれたというのが大変に感慨深いです。

さてここからは今後の話。
このテキストをここまで読み進めて頂いた奇特な皆様に、ちょっと考えてみていただきたい。
このバトルクロスロードというイベントを通じて、あるいは実際に体験して、どのように思われましたでしょうか。
そしてポケモンカード文化はどのようになっていくべきでしょうか。
そして我々一人ひとりは何をしたらいいでしょうか。

例えば。
バトクロを超える自主大会を企画してみるとか。
それはちょっと無理だな、と思ったらそれはたぶん正常な感覚です。
僕もそう思います。
バトクロは正直、突然変異。
全員がバトクロを目指す必要はないと思います。
ポケモンカードを楽しむ会@新潟さん(http://blogs.yahoo.co.jp/pokecard_niigata)みたいに、ポケカ不毛の地でやってみるとか。
港南ジムさん(http://konanjim.diarynote.jp/)みたいに、100回以上やってみるとか。
まだ誰も目指していない新しい楽しみ方が沢山あるはず。

更に言うと、無理に自主大会とかやんなくていいです。
人には向き不向きがありますし。
例えば、人の自主大会に参加してめっちゃ楽しそうに遊んで主催者のモチベーションを上げるとか。
そんなんでいいと思います。
このバトクロというイベントが、一つの例として、自分なら何ができるかを考えるきっかけになってくれたらいいなと、勝手に思っております。

いやしかし、僕の希望を言えば、ポストCHANGさんが出てきてほしい。
2005年のピーコンで100人規模を達成したのがCHANGさん。
2017年のバトクロで200人規模を達成したのもCHANGさん。
そろそろ新しい企画屋が出てきてもいいんじゃないでしょうか。
バトクロの大田区産業プラザPio、1階にめちゃめちゃでかいホールありますけど。
あれを誰かポケカプレイヤーでいっぱいにしてみてくれないかな。
僕の生きてるうちに。

ちなみに僕も、生産的なことは何一つできないタイプのドクズです。
しかし、モチベーションがあまり上下しない性格のお陰で、後発の人には絶対追い越されないポケカ歴20年のキャリアを手に入れてしまいました。
なので、こうやって何か歴史的なことが起こる度に、昔話を引き合いに出しつつ大騒ぎして、ポケモンカードの歴史と文化の面白さを訴えていくのが自分を活かす道かなと思っています。
今回はそのネタの仕入れも兼ねてスタッフとして参加させていただいたといったような事情です。
どうもお世話になりました。
今後ともよろしくお願いいたします。

そういえば、バトクロの公式サイトに「第1回」って書いてありますけど、第2回あるんですかね。
http://battlexroad.com/bxr2017/index.html

あるといいですね。
みんなのポケモンカードライフがもっとハッピーになりますように。
乱文失礼。
[ 2017/01/11 04:05 ] レポート | trackback(0) | comment(0)

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